東京地方裁判所 平成2年(行ウ)100号 判決 1991年3月27日
原告
伴一誠
被告
原達人
右訴訟代理人弁護士
山下一雄
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は、原告の負担とする。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
被告は、東京都に対し、三九九万九四九〇円を支払え。
二 請求の趣旨に対する答弁
1 本案前の答弁
(一) 本件訴えを却下する。
(二) 訴訟費用は、原告の負担とする。
2 本案に対する答弁
主文と同旨
第二 当事者の主張
一 請求原因
1 (当事者)
原告は、東京都の住民であり、被告は、東京都清掃局長である。
2 (公金の支出)
東京都は、その設置に係るごみ焼却施設である東京都北清掃工場(以下「北清掃工場という。)の建替えに伴って、隣接する東京都北区志茂一丁目二番五八号所在の旧国鉄赤羽変電所跡地(以下「変電所跡地」という。)内に地元還元公共施設(以下「還元施設」という。)を建設する計画を立て、平成元年九月二九日、生活建築研究所こと山本厚生との間で、同人に、同工場近隣住民の還元施設に関する意向調査及び還元施設の基本設計の作成業務を、委託料を三九九万九四九〇円、契約期間を契約締結日から同年一二月三一日までとする約定で委託する旨の調査設計業務委託契約(以下「本件契約」という。)を締結し、これに基づいて同人に対し、平成二年一月中に右委託料の全額を支払った(以下「本件支出」という。)。
3 (支出の違法)
(一) 北清掃工場付近の住民は、同工場設置が計画されて以来、その操業が住民の健康に影響を及ぼすおそれがあるとして、ごみ焼場設置反対期成同盟(以下「反対同盟」という。)を結成して同工場の設置、操業を阻止する行動を続けてきたが、昭和四三年八月七日、東京都との間で、「東京都北清掃工場設置に関する協定」(以下「第一次協定」という。)を締結したうえで、同工場の設置、操業を承認した経緯があるところ、第一次協定は、その三条において、東京都は北清掃工場に隣接する変電所跡地を買収した場合には原則としてこれを緑地とし、その具体的利用方法については付近住民と東京都とで構成する北清掃工場運営協議会(以下「運営協議会」という。)において協議のうえ実施する旨を規定していた。
その後、東京都は、昭和五六年三月三〇日変電所跡地(九一九〇平方メートル)を取得した。
(二) しかるに、本件契約は、東京都が、第一次協定三条により原則として緑地とする旨合意されている変電所跡地に、還元施設を建設することを目的として締結されたものであるから、公序良俗あるいは信義則に反し無効である。
したがって、無効な本件契約に基づいてされた本件支出は、違法というべきである。
4 (被告の責任)
被告は、東京都清掃局長として、本件支出についての支出負担行為権限を有しており、右権限に基づいて本件契約を締結したのであるから、本件支出により東京都が被った損害を賠償する責任がある。
5 (東京都の損害)
東京都は、本件支出により、支出金額である三九九万九四九〇円相当の損害を被った。
6 (監査請求)
原告は、平成二年四月一六日、東京都監査委員に対して、本件支出につき監査請求(以下「本件監査請求」という。)をしたところ、同監査委員は、同年五月四日、本件監査請求を不適法として却下する旨の監査結果を原告に通知したが、この監査結果は適法な監査請求を誤って却下した違法なものであるから、結局、本件監査請求については、監査が行われないまま六〇日以上が経過した。
7 よって、原告は、地方自治法二四二条の二第一項四号に基づき、東京都に代位して、被告に対し、本件支出相当額三九九万九四九〇円の損害金を東京都に支払うよう求める。
二 被告の本案前の主張
本件監査請求は、地方公共団体の執行機関又は職員が行った財務会計上の行為が特定の法令に違反している等、右行為についての具体的な違法性又は不当性の主張がされていない不適法なものであり、東京都監査委員により不適法として却下された。
したがって、本件訴えは、適法な監査請求を経ていないものであって、不適法である。
三 請求原因に対する認否
1 請求原因1(当事者)及び同2(公金の支出)の事実は認める。
2 同3(支出の違法)のうち、(一)の事実は認め、(二)は争う。
3 同4(被告の責任)のうち、被告が東京都清掃局長として、本件支出についての支出負担行為権限を有しており、右権限に基づいて本件契約を締結したことは認め、その余は争う。
4 同5(東京都の損害)は争う。
5 同6(監査請求)のうち、原告が平成二年四月一六日に東京都監査委員に対して監査請求をし、同監査委員が同年五月四日に本件監査請求を不適法として却下する旨の監査結果を通知したことは認め、その余は争う。
四 被告の主張
1 東京都は、北清掃工場が老朽化し、建替えの必要が生じたため、昭和五七年ころから、建替えについて地元住民からの種々の要望事項を含めて運営協議会で協議を重ねてきたが、昭和六三年一〇月に開催された運営協議会において、右建替えに伴って変電所跡地に還元施設を建設することが決定され、反対同盟からも、東京都に対し、同年一〇月二五日付けで変電所跡地に還元施設の建設を求める内容の要望書が提出された。
2 そこで、東京都は、平成元年九月二〇日、反対同盟との間で、北清掃工場近隣住民の右還元施設に関する意向調査及び同施設基本設計の作成業務を、東京都が反対同盟の推薦する業者(一級建築士に限る。)に業務委託し、これに必要な経費として右の業者に対し四〇〇万円を限度として委託料を支払うことを内容とする「北清掃工場の建替に伴う地元還元公共施設建設に係わる設計の作成に関する協定」(以下「本件協定」という。)を締結した。
3 第一次協定三条は、変電所跡地について、原則として緑地とするとしているにすぎないのであるから、第一次協定から二〇年を経過していること及び北清掃工場の建替えの必要という新たな事情が生じていることを考慮すれば、右のとおり東京都が反対同盟との協議によりこれを変更することは可能というべきであり、東京都が変電所跡地に還元施設を建設することに何らの違法はなく、本件契約が無効となる余地はない。
五 被告の主張に対する原告の認否及び反論
1 被告の主張1のうち、反対同盟から主張の要望書が提出されたことは否認し、その余は認める。
東京都に対して主張の要望書を提出したのは、反対同盟とは別個の組織である志茂ゴミ焼場設置反対期成同盟(以下「志茂反対同盟」という。)である。
2 同2は否認する。
東京都と本件協定を締結したのは、志茂反対同盟である。
3 同3は争う。
4 (原告の反論)
東京都と第一次協定を締結した反対同盟は、北清掃工場付近の一一の自治会の連合体であり、付近一帯の住民を代表する組織であったが、還元施設の設置を要望し本件協定を締結した志茂反対同盟は、解体状態にあった反対同盟が昭和五八年九月に再建されたものではあるが、志茂一丁目自治会に所属する住民の一部のみで組織されたものであり、反対同盟とは別個の組織である。また、還元施設の建設が決定された昭和六三年一〇月に開催された運営協議会に出席した住民側委員は、すべて志茂反対同盟によって選任された者であった。
そうすると、還元施設の設置について運営協議会の決定及び志茂反対同盟からの要望があり、さらに東京都と志茂反対同盟との間に本件協定が締結されたとしても、東京都と反対同盟との間で締結された第一次協定の内容が変更されるはずはない。
したがって、第一次協定三条は、現在も効力を有し、東京都が変電所跡地に還元施設を建設することは、これに違反するというべきである。
第三 証拠関係<省略>
理由
一被告の本案前の主張について
1 請求原因1(当事者)の事実は当事者間に争いがない。
2 被告は、本件訴えは、適法な監査請求を経ていない旨主張するので検討する。
請求原因6(監査請求)のうち、原告が平成二年四月一六日に東京都監査委員に対して本件監査請求をし、同監査委員が同年五月四日に本件監査請求を不適法として却下する旨の監査結果を原告に通知をしたことは当事者間に争いがない。
そして、弁論の全趣旨によれば、東京都監査委員が本件監査請求を却下したのは、本件監査請求には、「特定の法令に違反している等の具体的な事実の摘示がなく、住民監査請求において必要とされる違法性・不当性に関する主張がなされていない」ことを理由とするものであることが認められる。
ところで、監査請求において必要とされる財務会計上の行為あるいは怠る事実の違法性あるいは不当性に関する主張は、監査請求の全体の趣旨からみて、当該財務会計上の行為あるいは怠る事実が具体的な理由によって、法令に違反し、あるいは行政目的上不適当である旨を指摘すれば足り、特定の法令を挙げてこれに違反する旨までを常に摘示しなければならないものではないというべきである。
しかるところ、弁論の全趣旨によれば、右監査請求書には、東京都が、第一次協定三条により原則として緑地とする旨が合意されている場所に還元施設を建設することを前提として、反対同盟が生活建築研究所に作成せしめた還元施設基本設計図の作成料を支払うことは、右協定に違反し違法であるとする趣旨が記載されていることが認められ、右事実によれば、本件監査請求は、特定の法令を挙げてはいないものの、その全体の趣旨からみて、右の作成料の支払が、第一次協定三条に違反する施設の建設を前提としていることを理由に、その支払が法令違反となる旨を主張していることが明らかであり、したがって、適法なものというべきである。
そうすると、東京都監査委員が、特定の法令に違反している等の具体的な事実の摘示がないとの理由で本件監査請求を却下したのは、適法な監査請求を誤って却下した不適法なものというほかはなく、結局、本件監査請求については、監査委員による監査又は勧告が行われていないものというべきであるから、本件監査請求があった日から六〇日を経過した日である平成二年六月一六日から三〇日以内である平成二年六月二八日に提起された本件訴えは、地方自治法二四二条の二第二項三号により適法である。
二本案について
1 請求原因2(公金の支出)の事実及び同3(支出の違法)(一)の事実は当事者間に争いがない。
2 原告は、本件契約が第一次協定三条により原則として緑地とする旨合意されている変電所跡地に還元施設を建設するために締結されたものであるから、本件契約が公序良俗あるいは信義則に反し無効であるとし、これを前提として、無効な本件契約に基づいてされた本件支出は違法であると主張する。
第一次協定三条が、東京都は、変電所跡地が買収した場合には原則としてこれを緑地とし、その具体的利用方法については、運営協議会において協議のうえ実施する旨を規定していることは右1のとおりであるが、右1のその余の事実並びに<証拠>を併せ考えると、右条項は、第一次協定が締結された昭和四三年当時の事情に基づいて、東京都と反対同盟との間で、将来東京都が変電所跡地を取得した場合におけるそのおおよその利用形態について合意したにすぎないことが認められ、したがって、右条項は、東京都が反対同盟に対して変電所跡地を特定の具体的用途に供して将来にわたりこれを維持する債務を負担するといった法的効果を生ずる性質のものではないと解するのが相当である。
そうだとすれば、東京都が第一次協定締結後、変電所跡地に還元施設を建設したとしても、東京都が反対同盟に対して道義的な責任を負うか否かはともかく、法的に債務不履行となるわけではなく、まして、本件契約が変電所跡地に還元施設を建設することを目的として締結されたものであったからといって、これが公序良俗あるいは信義則に反し無効となる余地のないことは明らかである。
そうすると、本件契約が無効であることを前提とする原告の右主張は、前提を欠くものであって採用することはできず、原告の請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がない。
三よって原告の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官鈴木康之 裁判官石原直樹 裁判官深山卓也)